自分は九龍国の皇帝だ。香港は自らの王国だ。
そんな〝主張〟を書にのせて香港の街角に書き続けた、伝説の香港人男性「九龍皇帝」の展覧会に行きました。
彼の名前はツァン・チョウチョイ。またの名をKing of Kowloon。日本の香港ファンにはカオルーン・キングというほうがピンとくるかも。柱、人家の壁、英国領の郵便ポスト。様々なところに出向いては、ところかまわず自分の主張を書き、時には警察のお世話に…。
ある意味「クレイジーなおじいさん」な彼が現代アーティストとして本格的に注目されるようになったのは、本人がこの世を去った2007年以降な気がしてます。バンクシーをはじめとする、グラフィティアートのムーブメントの影響か。
小さな空間に7、8点の作品が。
目を引くのは、このVespa!!! 写真でも見たことない。
なんでもキャンバスにしてしまうカオルーンキング。何気なく停めてあったVespaもまた彼の創造意欲をそそるキャンバスだったのかな。このVespaは一晩どこかに路駐してあったもので、だとしたら戻ってきた持ち主はこれを見てめちゃくちゃ驚いただろうな…なんて勝手に妄想。
どんなものも自分の主張で、自分の書で埋め尽してやる。私はこれまでカオルーンキングという存在に、そういう狂気じみたものを感じていました。この展覧会を見るまでは。
でも見てください、このランプ。
ここに彼にとって大切な「皇」の字をあしらうって絶妙。はちゃめちゃに見えて、緻密なグラフィックセンスが光っています。
香港の地図と交通インフォメーションを載せた観光用チラシ(?)のようなものに一面に描かれた書。最近のアートにもこういったものはありますが、やっぱりただのクレイジーなおじいさんではない。
こうやって保存されたものもある一方、街の美化の一環として消されたのも数えきれないほど。
グラフィティ(落書き)なのか、カリグラフィー(書)なのか。
それが彼をめぐる永遠のテーマなのでしょう。実際私が香港へ行き始めた時にはカオルーンキングの書はまだ街角にいくつかあったはずだけど、いま香港の公共の場で見られるのは尖沙咀のスターフェリー乗り場にある柱くらいかも。
だからこそ今回は彼の作品を日本でまとめて見られる貴重な機会。
作品の奥行きを広げるのは、会場で流れるドキュメンタリーの動画。はっきりいって長い! カオルーンキングを知る人、追いかける香港の人たちが彼を語る貴重なドキュメント。音声は広東語、字幕は英語なのですが必見。
そこで印象的だったのが書の専門家が語った言葉。英語なので意訳ですが「書とは、その人の感情を筆で表現すること」的な。ふーむなるほど。
それをふまえてあらためて作品を見ると…
感情で筆が走っているのがわかる!!!
映像の中には両腕で松葉杖をつきながら、カップヌードルのカップに墨汁を入れて(!)壁に書を書く彼の姿も映っていました。ここまでして書きたいんだ。
見せ方より立派なメッセージより、ただただ書かずにはいられないものがある。
その熱量がアートの真髄なのかもな。
映像の中にはご本人も。おだやかで、純真無垢。先鋭的な作風からは想像もつかない素顔が印象的でした。
そんな「King of Kowloon 九龍皇帝」展は、六本木のギャラリー「オオタファインアーツ」8月17日まで(観覧無料)。
亡くなってから評価される天才は少なくないけど、まさかカオルーンキングが「ファインアート」と呼ばれる日が来るとは思わなかった…!!!
※写真はギャラリーの方の承諾をいただいて撮影しています。